千葉大学大学院医学研究院の川上英良教授、理化学研究所らの研究グループは、転写因子(注1)が、どの遺伝子をどの程度活性化または抑制するかを約260万件分まとめたデータベース「TFActProfiler」を構築し、さらに特定の転写因子の働きを操作すると、細胞全体の状態がどう変化するか予測する数理手法を開発しました。本手法により、疾患に伴う細胞状態の変化に関与する転写因子を明らかにし、治療につながり得る転写因子の阻害・活性化を予測できるようになることが期待されます。
本研究成果は、2026年9月15日に、学術誌Nucleic Acids Researchで公開されました。
(論文はこちら:10.1093/nar/gkag897)
図 本研究の概要
研究の背景
主要指標 — KEY FIGURES
ヒトの細胞には約2万個の遺伝子があり、その働きを調節する重要な因子の一つが、「転写因子」です。がんや感染症、糖尿病など様々な疾患で転写因子の働きが変化しており、その変化を捉えることは、疾患メカニズムの解明や治療標的の発見につながります。しかし、転写因子活性を直接測定することは容易ではなく、多数の転写因子を操作してmRNA(注2)に及ぼす影響を網羅的に調べることも現実的には困難です。そのため、RNA-seq(注3)データからの転写因子活性や、転写因子を操作した際の遺伝子発現の変化を予測する計算手法が開発されてきました。一方で、従来法には、①精度と網羅性の両立が難しい、②予測に追加の学習データが必要で十分な性能が得られない場合がある、③推定結果の不確実性を評価しにくい、といった課題がありました。
研究成果のポイント
1.転写因子が標的遺伝子を活性化・抑制する作用を数値化し2,606,176件の制御関係をまとめたデータベース「TFActProfiler」を構築しました。これにより、RNA-seqデータから転写因子活性を網羅的かつ高精度に推定できることを示しました。
2.追加データなしで転写因子を活性化・抑制した際の遺伝子発現応答を予測できるほか、追加の学習データが利用可能な場合には、従来の機械学習モデルと同等以上の予測精度を達成しました。
3.上記の転写因子活性や遺伝子発現変化の推定結果について、その不確実性を定量的に評価する方法を導入しました。
今後の展望(研究者コメント)
本研究により、疾患に伴う転写因子活性の変化を推定し、特定の転写因子を活性化・抑制した際の遺伝子発現の変化を予測できるようになりました。今後、推定・予測精度と網羅性をさらに高めることで、観察データから実験的に検証可能な仮説を生み出すための基盤として、疾患メカニズムの解明や創薬標的の探索への活用が期待されます。
用語解説
注1)転写因子:DNAに結合し、どの遺伝子をどの程度働かせるかを調節するタンパク質。遺伝子の働きをオン・オフしたり、その強さを変えたりする「スイッチ役」として、細胞の性質や働きを調節する。
注2)mRNA:DNAの遺伝情報を写し取り、タンパク質をつくるための設計図として働く分子。mRNAの量を調べることで、遺伝子の働きの程度を知る手がかりになる。
注3)RNA-seq:細胞内に存在する様々なmRNAの発現量を網羅的に測定する技術。どの遺伝子がどの程度働いているかを、mRNAの量をもとに幅広く調べることができる。
論文情報
タイトル:A transcription factor regulatory atlas for activity inference and perturbation prediction
著者:Hikaru Sugimoto, Koki Tsuyuzaki, Zhaonan Zou, Shinya Oki, Tazro Ohta, Eiryo Kawakami
雑誌名:Nucleic Acids Research
DOI:10.1093/nar/gkag897
公開しているデータ・ツール
Webアプリ:https://tfact.wpgsa.org/
プログラム:https://github.com/HikaruSugimoto/tfactprofiler
研究プロジェクトについて
本研究はJSTムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2025)、革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「免疫記憶の理解とその制御に資する医療シーズの創出」外部環境刺激による組織炎症記憶形成機構の解明と難治性アレルギー性疾患の病態制御治療戦略の基盤構築(JP23gm1810009)、JSPS科研費(25K23918、23K11312)の支援を受けて行われました。
FACT BOX ・ 要点整理
- 出典:PR TIMES
- 分類:press_release
- 関連組織:JST / AMED / JSPS