(中央社台北3日電)六四37周年前夕,88歳の「天安門母親」成員の一人である張先玲が祭文を読み上げ,親族の犠牲は心に刻まれた消えない傷痛であると表明。難属として,真相を語り,忘れず,正義を求め,良心を呼びかける必要があると強調した。
張先玲は37年間,この歴史に対して発声を止めずにきた。彼女の息子の王楠は,1989年の六四事件で北京市月壇中學の学生だった。当時の6月4日,王楠の頭に銃弾が左上額から入り,左耳の後ろから出た。王楠の骨灰は現在,北京西郊の萬安公墓の骨灰堂に保管されている。
張先玲の今年の祭文の動画は,5月27日にYoutubeに公開された。彼女はカメラの前で祭文の内容を読み上げた。
六四事件について,張先玲は,当時の中国はちょうど改革開放を始めたばかりで,汚職や腐敗も芽生え始めていたと話す。権力やコネを持つ人々が横領し,一方,庶民は物価や住宅価格の高騰に不安を感じ,民怨が沸騰していた。学生たちは民意を代表し,平和なデモで政府に措置を促すために立ち上がった。
張先玲は続けて,学生たちの行動は広く市民や機関,団体から支持を受け,政府が措置を取り,このような現象の蔓延を止めることを真摯に願っていたと話す。しかし,当時の政権は群衆の反応を聞き入れるどころか,数十万の野戦軍を動員し,銃を持って装甲車に乗り,平和なデモをしていた市民や学生を血腥に鎮圧。その結果,多数の死傷者が出た。
彼女は,瞬間的に,数千もの家庭が致命的な打撃を受けたと言う。
張先玲は,当時北京にいた人々は,あの夜の銃声や装甲車の轟音,救急車のサイレン,群衆の怒りの叫び声を忘れないだろうと話す。
張先玲は,「私たちが忘れないのは,親族が家を出た時の姿だ」と話す。誰も,人民に対して銃を撃つよう命令する「人民に奉仕する」と称する政府がいるとは思わなかった。
彼女は続けて,親族の犠牲は心に刻まれた消えない傷痛だと言う。涙は流し尽くし,悲しみは心の底に埋めている。残っているのは,親族への永遠の追悼と,人民を虐殺した罪に対する憎しみだ。これらが抗争の勇気を強め,六四事件の犠牲者に対して公平で公正な評価を求め,法律手続きに基づいて謝罪と賠償を求める決意を強めている。
張先玲は,「法治」を標榜する大国として,政権と最高の民意代表機関である全国人大は,過去の罪を勇敢に直視し,対話の方法で,六四という避けられない壁を解決するべきだと言う。
張先玲は最後に,難属として,真相を語り,忘れず,正義を求め,良心を呼びかける必要があると話し,親族のために公道を討ち,天国の遇難者の霊を慰めると言う。
近年,中国政府は六四に対する態度をさらに緊縮させている。去年の6月4日,「天安門母親」は例年通り北京萬安公墓で罹難した親族を追悼しに行ったが,携帯電話やカメラを持参することを禁止された。これは中国当局が六四記念日に「天安門母親」メンバーの対外通信を遮断した初めての事例だ。
今年の六四,「天安門母親」グループのメンバーは北京市公安局から通知を受け,今年6月4日,親族を追悼しに北京萬安公墓に行くことを禁止され,これまで例年行われていた追悼式を禁止された。(編集:呂佳蓉)1150603
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- 出典:中央社 CNA
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