(中央社ウェブサイト)夏至の正午、太陽が北緯23.5度を直射するとき、嘉義水上の天文広場では「竿を立てても影ができない」という珍しい現象が起こる。この目に見えない緯線は熱帯と亜熱帯を分けており、世界で初めて北回帰線上に建てられた実体標識がここに位置する。

1908年、縦貫鉄道全線開通を祝うため、当時の台湾総督・佐久間左馬太は、北回帰線が通過する線路脇に記念碑を建立するよう命じた。これは日本帝国の植民地版図が初めて熱帯に達したことを象徴するものだった。その後、北回帰線のランドマークは天災による損壊と数度の再建を経て、1942年に日本の建築教育者・千千岩助太郎が設計・建設した5代目の標識は、80年以上にわたり何度も修繕されながらも、当初の基本形状を保ち、今もなおそびえ立っている。

1995年には6代目のランドマークが完成。外観はUFOのような形状で、5代目の標識と並んでいる。2005年、嘉義県政府はこの場所を「太陽館」として整備し、県全体の科学教育センターとして計画。園内には歴代の北回帰線標識の模型が復元され、訪れる観光客は北回帰線標識の100年にわたる進化の歴史を一望できる。

これらの標識のそばには、かつて「北回帰線駅」があった。当初は貨物専用だったが、1949年に旅客営業を開始し、鉄道職員、学生、空軍兵士にとって重要な通勤駅となった。縦貫公路の輸送が盛んになるにつれ、北回帰線駅は簡易駅に格下げされ旅客営業を停止、最終的に2002年に正式に廃止された。

しかし、この鉄道の物語は新たな章を迎えようとしている。嘉義市街地の鉄道高架化事業に合わせ、台湾鉄路管理局(台鉄)は元の場所の近くに「北回駅」を復活させる計画を進めている。周辺の観光資源を結びつけ、将来的には人々が列車に乗って北緯23.5度をゆったりと旅することができるようになるだろう。

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  • 出典:中央社 CNA
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