ロイター通信の報道によると、ハイチ北部県の民間防衛部門責任者ジャン・アンリ・プティ(Jean Henri Petit)氏は、この事故はラフェリエール城(Citadelle Laferrière)で発生したと述べた。これは19世紀初頭にハイチがフランスからの独立後に建設された要塞である。
プティ氏によると、この要塞はハイチで最も人気のある観光地の1つであり、この日、ユネスコ(UNESCO)世界遺産であるこの場所の毎年恒例の祝祭に参加するため、学生や観光客で賑わっていたという。
ハイチの首相アリックス・ディディエ・フィル=エメ(Alix Didier Fils-Aime)氏は声明で、「犠牲者の家族に心からの哀悼の意を表し、この悲しみと大きな苦痛の時に、深い連帯と支持を表明する」と述べた。
同氏はまた、当時「多くの若者」が祝祭に参加していたが、死者の身元はまだ不明であり、声明には死者数の推定も提供されていないと述べた。
プティ氏は、この事故は観光地の入り口で発生し、当時の降雨が被害をさらに悪化させたと述べた。
この事故は、ハイチがギャングによる暴力、頻繁な民間人虐殺、そして治安部隊による鎮圧作戦がますます致命的になるという状況に直面している中で発生した。
近年、この島国では2024年に24人が死亡した燃料タンク爆発事故、2021年に90人が死亡した別の石油タンク爆発事故、そして同年約2000人が死亡した地震など、数々の災害が発生している。(翻訳:徐睿承)1150412
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- 出典:中央社 CNA
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