(ワシントン20日ロイター)2008年の金融危機後のウォール街改革に貢献し、米国史上最も著名なゲイであることを公言した政治家の一人であるバーニー・フランク元連邦下院議員が死去した。86歳だった。生前は歯に衣着せぬ物言いと雄弁さで知られた。AFP通信によると、フランク氏はマサチューセッツ州選出の民主党員で、1981年から2013年まで16期にわたり連邦下院議員を務めた。彼は流暢な弁舌、現実的なリベラルな立場、そして辛辣で機知に富んだ言葉で知られていた。彼の政治キャリアで最も影響が深かった功績は、2010年に推進した「ドッド=フランク法」である。この大規模な金融改革法案は、銀行システムを厳しく規制し、消費者金融保護局(CFPB)を設立し、「大きすぎて潰せない」危機の再発防止を図った。2008年の世界金融危機の間、フランク氏は連邦下院金融サービス委員会の委員長を務め、ウォール街に対して政府がどの程度の規制を実施すべきかという議会での議論の中心人物の一人であった。しかし、フランク氏の米国政治史における地位は、金融規制だけにとどまらない。1987年、彼は自らゲイであることを公表した初の連邦議会議員となり、後のLGBTQの公選議員たちの道を切り開いた。彼はその後、「聞くな、言うな」(Don't ask, don't tell)政策の撤廃を推進した。この政策は当時、性的指向を公にした同性愛者や両性愛者が軍務に就くことを禁じていた。2012年、彼は長年のパートナーであるジム・レディ氏と結婚し、米国史上初めて在任中に同性婚をした連邦議会議員となった。フランク氏の本名はバーネット・フランクで、1940年にニュージャージー州ベイヨンで生まれた。彼はマサチューセッツ州議会議員を務めた後、ボストン郊外の選挙区を代表して連邦議会入りした。彼の家族が死去を発表した後、米国の地方および全国の政界関係者から次々と哀悼の意が表された。マサチューセッツ州のモーラ・ヒーリー知事は、「フランク氏は唯一無二の人物だった。彼は公共サービスの巨人であり、マサチューセッツ州と米国全体をより良くしてくれた」と述べた。
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- 出典:中央社 CNA
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