【研究成果のポイント】

味物質を感知する味覚のセンサーのうち、うま味受容体の構造を初めて解明

主要指標 — KEY FIGURES

11種類
全部で11種類のメンバー
3種類
TAS1R1, 2, 3の3種類のメンバー
5種類
全部で5種類のメンバー

うま味受容体は解析のための試料生産が困難で、これまで構造がわからなかったが、フグが持つ受容体の味物質認識領域を用いることで、構造解析と詳細な味物質解析に成功

フグの受容体はヒトの受容体と同じくアミノ酸を感知するが、ヒトの受容体とくらべてより幅広いアミノ酸を感知でき、その理由がアミノ酸結合時に受容体構造を保持できる仕組みにあることを解明

新たなうま味物質開発や水産・畜産業利用のための飼料開発への応用に期待

概要

明治大学農学部石丸喜朗教授、大阪大学蛋白質研究所の山下敦子教授、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科修了生の溝口楽人さん、東京科学大学生命理工学院戸田安香准教授(前・明治大特任講師)、北尾彰朗教授、理化学研究所放射光科学研究センター平田邦生専任技師らの研究グループは、味覚のセンサーとしてはたらく分子の1つであるうま味受容体の味物質認識領域の構造を、フグが持つ味覚受容体を調べることで初めて明らかにしました。

図1フグ味覚受容体の模式図と味物質認識領域の構造

うま味は日本で発見された味ですが、ヒトのうま味受容体と同じタイプの味覚受容体は、他の多くの脊椎動物にも存在します。一方、その受容体を利用してどのような物質を「うまい」物質として感知するのかは、動物による違いがあることも知られています。しかし、このような味物質認識の仕組みや、それが動物により変化する仕組みは、わかっていませんでした。

今回、研究グループは、フグの受容体が、ヒトのうま味受容体とは異なり、一般に肉や魚に含まれる左手型アミノ酸※1だけでなく、右手型アミノ酸も感知できることを見出しました。さらに、その理由が、フグの受容体に備えられている受容体構造を保持する仕組みにあり、これによりヒトよりも幅広いアミノ酸を「うまい」物質として認識できることを解明しました。この成果は、どのような物質であれば「うまい」として感知されるのかや、それが動物により変わる理由を理解する上での基盤情報となることが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)」に、9月15日(火)にオンライン掲載されました。

研究の背景

私たちは舌にある味覚のセンサータンパク質である味覚受容体を使って、食べ物に含まれる化学物質を感知し、それらを積極的に食べるかどうかの判断に用いています。例えば、うま味や甘味をもたらすアミノ酸や糖は、TAS1R※2と呼ばれる味覚受容体が感知し、「うまい」「甘い」という味覚を引き起こして、摂食を促進します。TAS1Rは、魚類から哺乳類まで多くの脊椎動物が持っており、他の動物でも、アミノ酸・核酸・糖という栄養素となる物質を感知して、摂食を促進する役目を果たしていることが知られています。

一方、動物が地球上にあるさまざまな食べ物を食べて生きていることと呼応して、TAS1Rが感知する化学物質は幅広く、また、動物により違いがあります。TAS1Rは全部で11種類のメンバーがあり、ヒトではTAS1R1/TAS1R3のペアがうま味受容体としてアミノ酸の1種であるグルタミン酸を、TAS1R2/TAS1R3のペアが甘味受容体として糖を感知するように、異なるメンバーの組み合わせで異なる化学物質感知をカバーしています。加えて、同じうま味受容体でも、昆虫を食べる猿では核酸を主に認識し、蜜を食べる鳥では糖も認識することが報告されており、動物の食性により感知する化学物質が異なる例が見られます。このような性質は、例えば神経伝達物質アドレナリンの受容体はどの動物においてもアドレナリンを特異的に認識するように、生体内ではたらく他の受容体タンパク質とは異なる特徴です。

しかし、TAS1Rがどのような仕組みで幅広い化学物質を感知するのか、また、どのような仕組みによって動物により感知する化学物質が変化しているのかは、詳しくわかっていませんでした。受容体と感知する化学物質の関係を理解するには、受容体分子の構造を知ることが重要です。一方、TAS1Rについては、構造解析のための試料生産が困難なため、メダカがアミノ酸の感知に用いるTAS1Rと、ヒトの甘味受容体の2種類しか構造がわかっておらず、TAS1Rと化学物質との相互作用の多くが未解明でした。

研究の内容

研究グループでは、約120年前に東京帝国大学・池田菊苗博士が発見した味覚である「うま味」の受容体に着目し、構造解析可能な受容体タンパク質を探索しました。その結果、トラフグが持つ同じメンバー受容体・Tas1r1/Tas1r3の味物質認識領域であれば試料生産が可能なことを見出し、大型放射光施設SPring-8を用いて構造解明に成功しました。同領域の構造は、報告されている他のTAS1R構造とよく類似しており、種類が違ってもTAS1Rの基本構造は共通していることがわかりました。

また、このフグの受容体は、ヒトのうま味受容体と同様に、アミノ酸を感知することもわかりました。アミノ酸には、地球上の生物がタンパク質の構成要素として用いている左手型アミノ酸と、これと鏡像対称な形を持つ右手型アミノ酸が存在します。ヒトのうま味受容体は、肉や魚に多く含まれる左手型のグルタミン酸のみを感知し、右手型グルタミン酸は感知しません。一方でヒトの甘味受容体は、糖だけでなく右手型のトリプトファンなども感知しますが、その左手型は感知しません。ところがフグの受容体は、左手型と右手型の両方のアミノ酸を感知できることがわかりました。フグはヒトと同じタイプの甘味受容体は持たないのですが、フグが餌とする甲殻類や貝類には右手型アミノ酸も多く含まれるため、フグにとっては左手型だけでなく右手型アミノ酸も「うまい味」として感知しているのかもしれません。

これまでの研究から、“ハエトリグサ・モジュール”と称されるTAS1R味物質認識領域の2枚葉様構造の隙間にあるポケットに味物質が結合すると、隙間を閉じる構造変化が起こり、その動きが起点となって生体内に情報伝達が起こると考えられています。そこで、左手型と右手型それぞれのアミノ酸が結合したフグTas1r1/Tas1r3味物質認識領域の構造を調べたところ、右手型を結合したときには、左手型ほどぴったりとはポケットにはまらないものの、2枚の「葉」を繋ぎ止める「掛けがね」のような構造が受容体内にあるため、左手型が結合したときと同様に隙間を閉じた状態に保てることがわかりました。

さらに、この「掛けがね」を構成する受容体のアミノ酸残基をヒトうま味受容体のものと入れ替えて「掛けがね」を弱めると、ヒトの受容体と同様に左手型への選択性が強まり、逆に強めると左手型・右手型両方に応答できる性質が強まりました。以上の結果から、TAS1Rは、ある特定の物質が結合したときに構造を保つ仕掛けを受容体内に備えるかどうかによっても、感知できる化学物質を変化させていることがわかりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、何を食べて生きているかが動物により異なることと呼応して、味覚受容体がどのような味物質を感知するかを変化させているメカニズムの一例を構造の観点から示したものです。受容体の構造や化学物質の認識様式は、現在AIを利用した予測法開発が進められていますが、TAS1Rについては、まだ構造解析例が少なく、多様な化学物質をどのように認識しているのかの情報そのものが乏しい状況です。本研究成果は、味覚受容体がどのように物質を認識するのかの理解を進め、今後ヒトに対するうま味物質開発や水産・畜産業利用のための飼料開発などの応用への基盤情報となることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2026年9月15日(水)に米国科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Identification and structural characterization of stereochemical promiscuity in a taste receptor”

著者名:Rakuto Mizoguchi, Yasuka Toda, Mana Nagae, Takashi Yoshida, Hiroaki Matsuura, Kunio Hirata, Vi Toan Lam, Duy Phuoc Tran, Akio Kitao, Yohei Miyanoiri, Maiko Hosotani, Yuji Ashikawa, Chiaki Ito, Naotaka Tsutsumi, Norihisa Yasui, Yoshiro Ishimaru, Atsuko Yamashita*

DOI:https://doi.org/10.1073/pnas.2534924123

なお、本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費(JP18H04621, JP20H04778, JP20H03195, JP23H02424, JP23K27117, JP24K21272, JP23K26861, JP25H01362, JP23H02424, JP24H02259)、JST FOREST (JPMJFR220C), 日本医療研究開発機構(AMED)BINDS(JP21am0101070, JP23am121001)、うま味研究会、武田科学振興財団、ロッテ財団等の支援を受けて実施されました。

用語説明

※1 左手型アミノ酸

化学物質の中には、同じ元素・同じ化学結合を持ちながら、左手と右手のように、重ね合わせられない複数の化合物が存在するケースがある。アミノ酸にも、l-アミノ酸(左手型)、d-アミノ酸(右手型)とよばれる、鏡写しの関係にあるものが存在する。ただし地球上に存在する生物を構成するタンパク質は全てl-アミノ酸(左手型)でできている。(注:左手型・右手型がないグリシンも構成要素となる。)

生物が持つ酵素や受容体などの分子は、左手型化合物と右手型化合物を厳密に見分け、どちらか一方としか反応できないものが多い。ヒトの味覚においても、うま味受容体はl-グルタミン酸のみを感知し、d-グルタミン酸は感知しない。また甘味受容体は、糖のほかに、d-トリプトファンなどの一部の右手型アミノ酸も感知するが、逆にl-トリプトファンなど同じアミノ酸の左手型は感知しない。

※2 TAS1R

タイプ1型味覚受容体(Taste receptor type 1)と呼ばれる味覚受容体ファミリー。口腔内にある味感覚細胞に存在し、糖やアミノ酸などを認識する味物質認識領域(リガンド結合ドメイン)を細胞外に、生体内に情報を伝える膜貫通領域を味細胞膜中に貫通した状態で持つ。異なる2つのTAS1Rメンバーがペアを組むことで味物質を感知する受容体としてはたらく。動物によりどのメンバーを持っているかが異なり、ヒトにはTAS1R1, 2, 3の3種類のメンバーが存在し、これらを組み合わせたうま味受容体と甘味受容体を持つ。トラフグには全部で5種類のメンバーが存在する。

SDGs目標

参考URL

山下 敦子教授 研究者総覧URL

https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/8c036147bae77dc8.html

FACT BOX ・ 要点整理

  • 出典:PR TIMES
  • 分類:press_release
  • 関連組織:JST / AMED / うま味研究会