当好友の童兆勤先生——私が「台湾のオッペンハイマー」と呼ぶ人物——が、40年間沈潜し、多大な心血を注いで完成させた『台灣核彈』の原稿を私に手渡したとき、私は長く沈思にふけった。これは科学と工学の記録にとどまらず、冷戦の影の下で、台湾がエネルギー自立と国防安全の間で生存を模索しながら、国際政治の大波に翻弄された歴史の図像である。

近年、映画『オッペンハイマー』(Oppenheimer)が世界中で広く議論を呼んでいる。映画の冒頭では、ギリシャ神話が引用される。プロメテウスが神から「火」を盗み、人類に与えた。この火は文明を生み出したが、同時に破滅の可能性も開いた。そしてプロメテウス自身は、永遠に肝臓を鷲に啄まれるという極限の苦痛を強いられた。私にとって、核エネルギーとはまさに現代人が神から受け取った「火」である。それはエネルギーと医療の恩恵をもたらす一方で、「パンドラの箱」の破滅の力をも解放する。一度火が灯れば、人類はもはや以前の状態には戻れない。

兆勤氏がこの40年間抱いてきた内面の葛藤は、まさに鎖に繋がれたプロメテウスそのものだ。彼はその後、多方面で著しい業績を残したが、なぜこの核の過去に今なおこだわり続けるのか。明らかに、この歴史は彼の心に極めて深い衝撃を与え、人生の中で簡単に越えられない一ページとなっている。政治の世界に身を置き、国事に関心を寄せてきた私には、国家の存亡をかけた決断に直面する指導者がどれほど苦悩するか、痛いほど理解できる。

1960~70年代の台湾に視点を戻すと、それは極めて逼迫した時代だった。1964年に中国が核実験に成功し、台湾に大きな戦略的圧力を与えた。その後、1971年にキッシンジャーが中国を訪問し、1972年にニクソンが訪中したことで、台湾の国際的地位は揺らぎ、同盟国に見捨てられる深い不安にさらされた。

「他人に頼るより、自ら頼る」雰囲気の中、核エネルギーの開発は当時の指導部の重要な選択となった。その背景には二つの戦略的配慮がある。第一に、エネルギー安全保障だ。台湾は天然資源に乏しく、石油や天然ガスを大きく輸入に依存しているため、核エネルギーは安定的で持続可能な生命線と見なされた。第二に、国防の自主性である。民生用と軍事用の曖昧な境界線の間で、技術開発を通じて相手を威嚇できる「交渉のカード」を手に入れようとしたのだ。兆勤氏はまさにこの嵐の中心にいた。アメリカの調査や国際的な禁輸令の間を巧みにかいくぐる、台湾の科学エリートたちの緊迫した日々を、自ら体験したのである。

1978年に米台が断交した後、国内の軍部内のタカ派の声が次第に強まった。外交関係が断たれた以上、台湾は米国と相談せずに核兵器の開発をより自由に進められるべきだと主張した。蒋経国総統は公式には「開発能力はあるが、製造はしない」と述べたが、軍高層にとっては、「製造」という赤線を越えなければ、開発能力の極限まで拡大することは国家の最高利益にかなうと見なされた。

しかし、この駆け引きは1988年に劇的な形で幕を閉じる。張憲義の亡命事件により、アメリカは台湾が赤線を越えたと判断した。蒋経国総統の死去と政権交代という動乱の時期に、レーガン政権は断固とした措置をとり、代表団を派遣して、中山科学研究院の重水炉などの設備を強制的に撤去した。当時の米国在台協会事務所長デイビッド・ディーンは、保証書を持参し、新任の李登輝総統に署名を求め、もし李総統が署名しなければ、自分は米国に帰還しないとまで強硬に述べた。台湾の核兵器の夢は、その瞬間、国際的強権によって完全に断ち切られたのである。

映画『オッペンハイマー』の結末で、オッペンハイマーはアインシュタインにこう言う。「計算結果を持って君のところに来たとき、連鎖反応が起きて世界全体を破滅させるかもしれないと思った。」「それならどうした?」とアインシュタインは問う。オッペンハイマーは答える。「私は、それが実現したと信じている。」この「I believe we did.」という隠喩は、核爆発の成功を指すのではなく、一度開かれたら二度と閉じられない歴史的帰結を意味している。アインシュタインはまた、オッペンハイマーにこう言う。「彼らが君を必要とするとき、君を使って兵器を作る。彼らが脅威や罪悪感を感じるとき、君にすべての罪を負わせる。」国家の名誉と歴史的罪名の間で引き裂かれるこの葛藤こそ、兆勤氏たち科学者の心に深く刻まれた影なのである。

今日、この塵に閉ざされた歴史を振り返ると、心の中にいくつかの究極の問いが浮かんでくる。当時の核兵器計画が中止されたことは、台湾の長期的な発展と安全にとって、良かったのか悪かったのか。もし当時、本当に最後の一歩を踏み出していたら、今日の台湾はイランや北朝鮮のような立場になっていたのか、それとも別の次元の安定を得ていたのか。

今なお、この本が触れる問題は私たちから遠ざかっていない。エネルギー政策は安全、安定、持続可能性をどう両立させるべきか。科学技術の発展は、国家利益と国際規範の関係をどう処理すべきか。台湾は変化する国際情勢の中で、自らの道をどう考えるべきか。これらは今も続く重要な課題である。歴史は繰り返せないが、歴史の経験は未来の判断の参考となることができる。

私は、兆勤氏のこの本の価値は、社会に貴重な証言を残し、関連する問題を再考する基盤を提供する点にあると考える。台湾の歴史、エネルギー政策、科学技術の発展、国家安全に関心を持つ読者にとって、この本は丁寧に読む価値がある。

*著者は前・總統府資政、現・國光生技会長。本文は時報文化出版の『台灣核彈:一場幻滅的核武與人性掙扎』の推薦序より抜粋。

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