一つの老兵、一つの先生の二つの視点
筆者はかつて陸軍予備役将校として勤務し、退隊後は中学校の講壇に立って十数年。この二つの立場を持つことで、最近の陸軍の創立記念音楽会を見るとき、他人よりも一歩深い視点を持つことができる。
桃園龍潭の営区、澎湖馬公の観音亭、彰化溪州公園まで。陸軍は80周年を迎えた今年、次々と営門を出て地域社会へと足を踏み入れた。ある人にとっては、ただ歌を歌い、花火を上げるイベントにすぎないかもしれない。しかし、私にとってはこれは真剣な取り組みだ。
住民の家の目の前にステージを設置
これまで私たちが軍隊に対して抱いていたイメージは、ほとんどが塀の向こう側にあった。営区は神秘的で、距離を感じるものだった。しかし今回は逆に、陸軍はバンドや儀礼隊を花火祭の海岸や地方の公園にまで連れてきた。おじいさんやおばあさんが孫を連れて気軽に見に来られる場所だ。澎湖や、普段は演習のときしか軍人の姿が見られない溪州に会場を設けること自体が、一つの姿勢を示している。つまり、住民が中に入ってくるのを待つのではなく、軍隊自らが外へ出ていくという意思だ。軍と市民の距離は、こうして一歩ずつ縮まっていく。
台湾は小さい。私たちはもともと一つの島で運命を共にしている
私は授業中に生徒たちにいつも言う。「台湾はこれだけの大きさしかない。何かあったとき、誰もが当事者だ」と。これが「同島一命」の意味だ。軍と市民が互いに見知らぬ存在であり、信頼がなければ、本当に全員で団結しなければならないとき、その亀裂は致命的になる。
だからこそ、ここ数回の音楽会は単なる娯楽やパフォーマンスとしてではなく、制服を着る者と着ない者、国防と日常を再びつなぎ合わせる「橋」として見るべきだ。この橋こそ、今の台湾社会が最も欠けており、最も必要としているものである。
スクリーンに映し出されるのは、兵士たちの汗
音楽会の中盤、陸軍は兵士たちの訓練の様子を記録した映像を上映した。私はこの演出を高く評価し、正しく伝えたい。もちろんこれは一種の広報活動だが、広報だからといってネガティブな言葉ではない。現実の脅威に直面する民主社会において、国民に自らの軍隊がどのように汗を流し、どのように備えているかを見せるのは、軍隊が果たすべきコミュニケーションの一部だ。
それは国民の防衛意識を高め、「心の防衛」を強化するための必要不可欠な取り組みであり、社会に対して誠実で健全な戦略的コミュニケーションでもある。同時に、これは紛れもなく民事活動の一部でもある。最も柔らかい方法で、最も硬い国防の道理を人々の心に届けるのだ。
最も大変な仕事を、上官は現場に押し付けなかった
部隊に所属したことがある人なら誰でも知っている。対外的な民事活動は、地味で感謝されにくい仕事であり、上層部から下層部に押し付けられがちだ。しかし、今回は違った。陸軍司令の呂上将は、一回一回すべての会場に自ら出席し、司会を務めた。兵士たちや地元住民と共に立った。
彼は溪州で、「十数年前、私が旅団長だったとき、ここに部隊を率いて演習に来た」と語った。澎湖では、彼が二度にわたり現地で勤務した経験があり、住民たちが次々と彼に声をかけた。高級将校が、この最も重い負担を自らの肩に担い、現場に足を運んで細部まで関わる姿勢。この謙虚さは、私たちが敬意を表すべきものだ。
新しい世代の陸軍、そして私たちの陸軍
今回のシリーズのテーマは「陸軍80、革新と変化/NEW ARMY NEW POWER」だ。ステージ上には金曲や軍歌だけでなく、古寧頭、一江山、大二胆、八二三砲戦など、先人たちが命をかけて勝ち取った戦いの映像も流された。それに続くのは、八八風災や新型コロナ対策での災害救援活動の兵士たちの姿だ。この島を守ってきたのは、昔も今も、同じ人々なのだ。
教師として、特に気になるのは、私の生徒たちも観客の一人としてそこに座っていたことだ。彼らが見たのは、過去を忘れず、同時に未来へと変化しようとする軍隊の姿だった。その瞬間、私は理解した。これは「陸軍の80歳」だけの話ではなく、私たち一人ひとりの陸軍なのだ。橋はすでに架けられた。あとは、私たちがその橋を一緒に渡るかどうかだけの問題だ。
*筆者は中学校教師、かつて陸軍予備役将校として勤務
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