ある人が言った。「『一把青』は、一度見終わったら、なかなかもう一度開けられない台湾ドラマだ。」

前半は意外ににぎやかだ。飛行士たちが酒を飲み、冗談を言い合い、ある女の子は一枚のメモを手がかりに南京へやってくる。空軍の家族たちが集まって食事をし、踊り明かす。そのころの彼らはまだ信じていた。飛行機が無事に着陸すれば、日々は続いていくと。目の前の混乱も、いずれ終わると。

しかしやがて、一台また一台と飛行機が戻らなくなる。

観る者たちは、ゆっくりと気づいていく。『一把青』が真に問おうとしているのは、どの飛行士が戦場で死んだかではなく、生き残った人々が、失ったものを背負って、その後の人生をどう歩いていくのか、ということだと。

『一把青』は2015年に台湾の公共テレビ(PTS)で放送され、曹瑞原が監督を務め、黄世鳴が脚本を手がけた。白先勇の短編集『台北人』に収録された同名の短編を原作としている。物語は抗日戦争の勝利後から始まり、国共内戦、台湾への移住、そして空軍眷村での生活へと続く。放送から多年が経った今でも、多くの視聴者が「とても良い作品だとわかっているのに、なぜか再視聴する勇気が出ない」と語っている。

『一把青』のストーリーとは? 彼女は一枚のメモを手がかりに南京へ。運命を変える人に出会う

物語は、「513」と書かれた一枚のメモから始まる。

金陵女子中学校に通う朱青は、そのメモの手がかりを頼りに南京へ向かう。そこに書かれた言葉を残した飛行士を探しにいくのだ。もともとは静かで、少し頑固な女子学生だった朱青は、空軍の眷村にやってきて、郭軫と出会う。

郭軫は若く、気さくで、生死を冗談のように扱う。彼は朱青を喜ばせた次の瞬間、任務に出る命令を受けることもある。朱青は、飛行士の生活がどういうものかをまだ理解しきれないまま、戦争が何を意味するのかもよく考えずに、このいつ離れてしまうかわからない男と結婚することを決める。

郭軫は朱青のことを自分の「ナビゲーションタワー」と呼んだ。彼にとって、朱青が地上で待っていてくれる限り、必ず戻る理由があるのだ。

多くの視聴者が特に好きなのは、物語の前半の二人の関係だ。彼らは口げんかをし、恋をし、普通の若いカップルのように未来を夢見る。だからこそ、飛行機が何度も空へと舞い上がるたびに、観る者たちが恐れるのは、任務が成功するかどうかではなく、今度は誰が、会いたい人に会えずに終わるのか、ということになる。

飛行機が何度も空へ。本当に待っているのは、地上に残された人々だ

『一把青』は、戦争を称賛する描写に多くの時間を割いていないし、飛行士たちを単なる英雄として描くこともしない。カメラはむしろ地上に留まり、結果がわからず、ただ待つしかない人々を捉える。

飛行士が任務に出た後、家族たちは彼らがどこへ飛んでいったのか、無事に戻れるのかどうか、何も知らない。空港から連絡があれば、眷村全体が緊張する。夫の帰還を待つ者、負傷の知らせを受ける者、遺品の入った箱だけを受け取る者もいる。

眷村で誰かが倒れたとき、いつも片付けをしてくれるのが、楊謹華が演じる秦芊儀、いわゆる「師娘」だ。

飛行士に事故があったときは、彼女が家族を落ち着かせる。子どもが世話されないときは、彼女が世話をし、眷村で誰かが崩れそうになったとき、最後には必ず彼女の元へとやってくる。

彼女はいつも落ち着いていて、冷静だ。自分の感情を表に出すことはほとんどない。だが、彼女の夫も毎日戦場へと飛び立つ。彼女も他の人たちと同じように、次に待っているのが夫本人なのか、それとも遺品の箱なのか、わからないのだ。

若い頃は郭軫と朱青が好きだった多くの視聴者も、年を重ねて再び見直すと、今度は師娘のことが気になって仕方なくなる。

彼女は最も悲しい人ではないが、最も悲しんではいけない人だ。なぜなら、彼女が崩れれば、周りの多くの人が最後の支えを失ってしまうからだ。

郭軫は「快意餘生」と残したが、朱青は失ったものを背負って生きていかなければならない

郭軫と朱青の関係が胸を打つのは、二人が最後まで一緒にいられなかったことだけではなく、郭軫が去る前に、朱青には自分を忘れ、新しい人生を歩んでほしいと思っていたことにある。

彼は手紙にこう書いた。「私のことは頭から消して、楽しく生きてほしい。」

郭軫は、朱青が自分を過去に置いて、しっかり生きていってほしいと願ったのだ。

しかし彼が知らなかったのは、本当に難しいのは死ぬことではなく、残された人が、その後数十年にわたる人生をどう生きていくか、ということだった。

朱青にとって、郭軫の死は恋の終わりではない。その瞬間から、彼女の人生が完全に変わってしまったのだ。彼女は夫を失い、子どもを失い、かつて信じていた未来も失った。

多くの視聴者は、もし郭軫がそのとき飛び立たなければ、二人の人生は違っていたかもしれないと考える。また、たとえ結末を知っていたとしても、朱青は同じ選択をしただろう、と言う人もいる。

本当に悲しいのは、彼らが愛し合ったことではなく、その時代において、平凡に愛し合い、穏やかに暮らすことさえ、一種の贅沢になっていたことだ。

『一把青』の真の主役は、飛行士ではなく、一つひとつの「喪失」だ

飛行士は死ぬのが怖いからといって、次の任務を拒むことはできない。家族も、失うのが嫌だからといって、夫の出撃を止めることはできない。戦争はいずれ終わるが、残された人々は、その後も生きていかなければならない。

郭軫は去った。朱青は生き続けなければならない。師娘は悲しみを隠し、眷村全体を支える。江偉成は生きているが、帰らぬ人たちは、彼の心から決して去らない。

『一把青』が多年経っても人々の心を離さないのは、死そのものではなく、ある傷は、生きていれば治るというものではない、ということを見せてくれたからだ。

FACT BOX ・ 要点整理

  • 出典:PR Times
  • 分類:ニュース
  • 製品・サービス:テレビドラマ『一把青』