AIの出現は文学創作にどのような影響を与えるのか。香港の作家・董啟章による最新長編小説『物種源始・貝貝重生:消失的可能世界』は、全27万字のうち3万字をAIと協働して執筆した。彼は「AIを擁護するわけではない。あくまで一つの実験だ」と語る。創作活動全体を通して、準備段階やテキスト生成においてAIを用いたのは今回が初めてであり、今後も特定の創作意図を達成するための明確な理由がない限り、手書きによる執筆を続けるつもりだと強調している。

董啟章は、「AIが感動を呼ぶ作品を書く能力はある」と認める一方で、「そこに『愛』はあるのか」と問いを投げかける。読者がAI生成の文章に感動したとしても、その感動の本質は何か。チューリングテストの枠内では、「心」と「愛」の存在は検証できないと指摘する。

言語の本質に立ち返れば、それが単なる記号体系や技術的成果と見なされるなら、AIの言語生成は人間をはるかに凌駕する効率と質を持つため、その代替は合理的だ。しかし董啟章は、「言語は記号体系でも計算結果でもない」と断じる。AIが生成する言語は生命世界に属さず、主体的な意思疎通や意味形成の主体を持たない。つまり「機能はあるが、意味はない」という立場を取る。

意味は、経験を持つ個体による言語実践から生まれる。文学創作は、その中でも最も純粋かつ象徴的な行為であると彼は考える。AIは人間の言語と区別がつかないような「意味があるように見える」言語を生成できるが、経験も個体性も持たないため、他者とのコミュニケーション関係を言語を通じて築くことはできない。

董啟章は強調する。「AIに代替されない文学の本質は、作品という技術的成果ではなく、作者と読者という『生命実践者』そのものにある。」AIの存在は、文学の焦点を「作品」から「実践行為」へと移すべきだと私たちに気づかせてくれる。作者と読者から成る文学共同体は、作品の消費市場でも、機能的言語の応用場面でもない。それがAIが模倣も代替もできないものであり、彼にとっては「レトロでありながら、最も過激で革命的な視点」だという。

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  • 出典:中央社 CNA
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