2024年6月13日、人工知能(AI)業界で注目の潜在的買収話が浮上した。『ブルームバーグ』や『ロイター』などの海外メディアによると、AIスタートアップのAnthropicが、イスラエルのAI新興企業Decartの買収を検討しており、取引額は60億ドルに達する可能性があるという。これが実現すれば、設立から3年未満のDecartにとって、最大規模の評価額上昇となる。

一方、『フィナンシャル・タイムズ』は、Anthropicの一部投資家が、同社が最早2024年10月にも上場する可能性があると予想していると報じた。その上場時の時価総額は、2兆ドル以上に達する可能性があるという。

もしこの予想が現実になれば、Anthropicは2024年6月に約1.77兆ドルの評価額で上場したSpaceXを上回り、史上最高のIPO評価額を持つ企業となる。

分析によれば、Anthropicが現在最も解決すべき課題は、収益の拡大ではなく、急成長に伴う膨大な計算リソースの需要をどう支えるかにある。

その点で注目されるのが、Decartが持つ「異なるチップアーキテクチャ上でAIモデルをより効率的に動作させる技術」だ。

AnthropicがなぜDecartに注目したのか?

Anthropicの成長スピードは驚異的だ。

2024年2月、同社は300億ドルのGシリーズ資金調達を完了し、時価総額は3800億ドルに達した。当時の年率収益は約140億ドルとされていた。4月には、年率収益が300億ドルに達したとの報道が相次いだ。

5月末、Anthropicはさらに650億ドルのHシリーズ資金調達を完了。時価総額は9650億ドルにまで上昇し、年率収益も470億ドルを超えた。

わずか数カ月で、時価総額は2倍以上に、年率収益は3倍以上に急拡大した。

6月1日、Anthropicは米証券取引委員会(SEC)にIPO申請書類(S-1)の草案を極秘裏に提出。市場の注目は、この急成長が公開市場でも持続できるかに移りつつある。

『フィナンシャル・タイムズ』によれば、一部の投資家は、2026年末までに年率収益が1000億1200億ドルに達すると予想している。中には、収益成長率と評価倍率から逆算し、理論上の時価総額が3兆ドルに達する可能性もあると指摘する投資家もいる。

この急成長により、Anthropicの初期株主の資産価値も急上昇している。『フォーブス』が5月末に試算したところ、CEOのDario Amodei氏や社長のDaniela Amodei氏を含む7人の共同創業者は、それぞれ1.6%を超える株式を保有。9650億ドルの評価額を前提とすれば、1人あたりの保有額は約155億ドルにのぼる。

しかし、Anthropicにとって、評価額と収益の急上昇の裏側には、コストの増大という課題もある。

大規模モデルの計算リソース需要は、主に「学習(トレーニング)」と「推論(インフェレンス)」の2つに分けられる。モデルの学習には大量のデータとチップが必要だが、モデルが実際に稼働した後のユーザーの質問や、Claudeによるコード生成・文書処理などは、すべて再び計算リソースを消費する。

学習が特定の期間に集中するのに対し、推論の需要はユーザー数や使用頻度に比例して継続的に増加する。つまり、Claudeが普及すればするほど、Anthropicが投入しなければならない推論用の計算リソースも増えるのだ。

そのため、Anthropicはここ数カ月、計算リソースの拡充を加速している。

4月には、アマゾン(AMZN-US)と新たな契約を締結。今後10年間でAWS上に1000億ドル以上を投資し、最大5GWの計算容量を確保することになった。同月、Google(GOOGL-US)やブロードコム(AVGO-US)との協力も拡大し、次世代TPUの数GW分の容量を取得。5月には、スペースX(SPCX-US)とも計算リソースの協業を発表した。

現在、ClaudeはアマゾンのTrainium、GoogleのTPU、NVIDIAのGPUなど、複数の異なるチッププラットフォーム上で動作している。

問題は、これらのチップがそれぞれ異なるハードウェアアーキテクチャを持っている点だ。モデルをあるプラットフォームから別のプラットフォームに移行するには、単にハードウェアを交換するだけではなく、下位のプログラム、計算方式、データ転送や通信メカニズムの調整・最適化が必要になる。

まさにその点で、Decartの技術が価値を持つ。

Decartの主要技術の一つが「DOS(Decart Optimization Stack)」だ。これはAIモデルとチップの間に位置するパフォーマンス最適化レイヤーであり、異なるハードウェアアーキテクチャに応じて、モデルの計算、チップの呼び出し、データ転送の方法を再調整することで、同じAIモデルを異なるプラットフォームでより効率的に動作させる。

現在、DOSはNVIDIAのGPU、GoogleのTPU、アマゾンのTrainiumをすでにサポートしている。

つまり、AnthropicがどのAIチップを採用しても、ハードウェアの性能を最大限に引き出す最適化が必要になるが、Decartはまさにその技術と工学的ノウハウを持っているのだ。

8月5日、Anthropicは自社チップ設計チームの設立を発表。ハードウェアとソフトウェアの両方の能力を持つエンジニアを採用し、Claudeの計算効率を高めつつ、多チップ戦略を維持する方針を示した。

その数日後、Decartの買収話が表面化した。

『ロイター』によれば、取引が成立すれば、DecartのチームはAnthropicの推論およびパフォーマンス部門に統合されるという。

専門家は、Anthropicが狙っているのはDecartのAI製品そのものではなく、「モデル・チップ・下位システムの最適化を理解するエンジニアチーム」そのものだと分析している。

公開市場に上場し、2兆ドル超の評価額を目指す企業にとって、モデルの能力はもちろん重要だが、1回の推論にかかるコストも極めて重要だ。

Claudeの利用者が増えれば増えるほど、Anthropicは計算リソースの投入を増やしつつ、1ドルあたりの計算支出に対する成果を最大化する必要がある。

GPU最適化から始まったDecart

Decartは2023年9月に設立された。

共同創業者兼CEOのDean Leitersdorf氏は、シンガポール国立大学でポスドク研究を行っていた際、Moshe Shalev氏とともに起業チームを結成した。それ以前は、イスラエル工科大学で学び、23歳でコンピュータサイエンスの博士号を取得。在学中にはイスラエル国防軍の8200部隊にも所属していた。

Leitersdorf氏は、そこでShalev氏と知り合った。

しかし、2人の経歴は大きく異なる。Leitersdorf氏は学術・技術研究の道を歩んできたのに対し、Shalev氏はイスラエルの極端正統派家庭に育ち、若かりし頃はさまざまな仕事を経験。夜間学校で会計を学びながら働き続けた。23歳で兵役に就き、8200部隊に所属。13年間在籍した後、徐々にAIシステムの構築と管理にシフトしていった。

Decartが設立された当初、同社は自社の大型AIモデルの開発にすべてのリソースを注ぐのではなく、まず他社のAIモデルがGPU上でより効率的に推論できるよう支援する事業から始めた。

『The Information』の報道によれば、設立から約3カ月後、あるGPUクラウドサービスプロバイダーと数百万ドル規模の契約を締結。AIモデルのGPU推論効率を向上させる支援を行った。2024年10月時点では、この関連事業の年率収益が1000万ドルを超えている。

さらに注目すべきは、Decartが自社の動画基盤モデルの学習にも資金を投入し始めたにもかかわらず、依然として正のフリーキャッシュフローを維持している点だ。

この点で、Decartは多くのAIスタートアップとは異なる道を歩んでいる。つまり、「GPUとモデル効率に関する知見で収益を創出し、その収益を自社モデル開発に再投資する」という戦略だ。

セコイア・キャピタルのパートナー、Shaun Maguire氏は、DecartのGPUに関する理解は、ハードウェアの極めて下位の動作レベルまで達していると評価している。

セコイアは、この能力をGoogleの初期の発展モデルと比較している。Googleの競争優位はPageRankだけでなく、多数の安価なハードウェアを分散システムで統合し、1単位あたりの計算効率を最大化する能力にもあった。

セコイアの見方では、DecartはまさにAI時代において、同じ道を歩んでいる。つまり、「下位の効率性から入り込み、それを製品化する」という戦略だ。

Oasis、Lucyの背後にあるリアルタイム生成能力

Decartが最初に市場の注目を集めた製品は、2024年10月にリリースされたOasisだ。

FACT BOX ・ 要点整理

  • 出典:PR Times
  • 分類:提携
  • 関連組織:Anthropic / Decart / Amazon
  • 製品・サービス:Claude / DOS