発表のポイント:
AIとロボット技術を連携した自律成膜基盤により、成膜・評価サイクルを従来の約3倍に高速化し、ウルトラワイドギャップ半導体β-Ga₂O₃(β型酸化ガリウム)の高品質な単結晶薄膜の作製に成功しました。さらに、最適条件だけでなく、人が理解・転用できる成膜ルールも抽出しました。
主要指標 — KEY FIGURES
本基盤は自律実験を単なる「ブラックボックス最適化」から「科学知識の創出」へ発展させる次世代のAI駆動型ラボを実現したものです。
本技術により、新材料や半導体の開発を大幅に効率化し、高性能パワー半導体の実用化を加速することで、省エネ社会や次世代電子機器の実現に貢献します。
NTT株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)は、AIと自動化技術を活用し、薄膜成長(成膜)を自律的に最適化するとともに、その過程で得られたデータを人が理解・転用できる成膜ルールに変換する「解釈可能な自律成膜」を実証しました。本技術では、成膜から評価、次の成膜条件決定までを繰り返す自律最適化ループを構築しました。これにより、従来の技術者・研究者による実験運用と比べて約3倍の速さで実験サイクルを進めることが可能となり、次世代パワー半導体材料の一つであるβ-Ga₂O₃※1のスパッタ法※2としては世界初の単結晶薄膜を実現しました。さらに、AI解析により薄膜品質を高める成膜ルールを抽出し、再最適化によってその有効性を確認しました。本成果は、AIを活用して科学研究を高度化・加速する「AI for Science※3」を、単なる条件探索から「科学知識の創出」へ拡張するものです。なお、本研究成果は、2026年8月13日にNature Communicationsに掲載されました。
1.背景 近年、AIや自動化技術を活用して科学研究を高度化・加速する「AI for Science」が注目されています。材料研究でも、機械学習を用いて実験条件を効率的に探索する取り組みが進んでいます。特に半導体材料の性能を左右する成膜では、温度、ガス流量など多くの条件が薄膜品質を左右するため、効率的な条件探索が重要です。NTTはこれまで、ベイズ最適化※4を用いた高品質な酸化物(SrRuO₃)の成膜や、半導体物性の知識を取り入れた化合物半導体の成膜条件の自動導出など、AIを活用した高効率な成膜技術の開発に取り組んできました。 一方で、従来のAIによる条件探索では、最適条件を見つけられる反面、最適化過程で得られるデータがブラックボックス化しており、「なぜその条件が良いのか」を人が理解し、他の材料系や成膜装置に展開できる知識として活用することが難しいという課題がありました。そこでNTTは、自律的に成膜条件を最適化するだけでなく、最適化過程で得られたデータから人が理解・転用できる成膜ルールを抽出する「解釈可能な自律成膜」の実証に取り組みました (図1)。
図1.解釈可能な自律成膜の概要。従来の自律実験では最適条件の探索にとどまっていたのに対し、本技術では最適化過程で得られたデータをAIで解析し、人が理解・転用できる成膜ルールとして抽出します。
2.技術のポイント ① 自動成膜・自動評価・AI最適化を連携した自律成膜基盤 本技術では、自動スパッタ成膜、自動光学評価、AI(ベイズ最適化)による次の成膜条件決定を連携させ、成膜から評価、次の成膜条件決定までを人による判断や解析を介さずに繰り返す自律成膜※5基盤を構築しました(図2)。スパッタ装置内では成膜に用いる基板(ウェハ)を自動搬送し、ベイズ最適化が提案した温度、スパッタ電力、Ar(アルゴン)流量、O₂(酸素)流量の条件で成膜を行います。成膜後の自動光学測定データから薄膜品質を自動解析・評価し、その結果をもとに予測モデルを更新することで、次の成膜条件が自動的に選択されます。これにより、従来の技術者・研究者による実験運用と比べて、成膜・評価サイクルを約3倍に高速化しました。一方、ベイズ最適化による条件選択により、多次元の成膜パラメータ空間を効率的かつ精密に探索することが可能になりました。
図2.自律成膜基盤の概要
② 最適化データを人が理解・転用できる成膜ルールに変換するAI解析 従来の自律実験では、AIが最適条件を見つけても、その条件がなぜ良いのかを人が理解し、他の材料や装置に展開できる知識として活用することが難しいという課題がありました。本技術では、この課題を解決するため、自律フィードバックループで得られた成膜条件と薄膜品質のデータを、複数の予測モデルを組み合わせるアンサンブル機械学習手法であるランダムフォレスト※6を用いて解析しました。ランダムフォレストによる予測結果を、各成膜パラメータの寄与とパラメータ間相互作用に分解して解析することで、各成膜パラメータが薄膜品質に与える影響や、パラメータ同士の相互作用、最適領域の構造を明らかにしました。これにより、複雑な多次元の最適化結果を、人が理解・転用できる成膜ルールとして抽出することが可能になりました。本技術は、自律的な実験探索と成膜ルール抽出を一体化し、条件探索から科学知識の創出へ発展させる次世代のAI駆動型ラボの基盤となります。
3.実験の概要 ① β-Ga₂O₃単結晶薄膜の実現 本技術の実証対象として、次世代パワー半導体材料の一つであるβ-Ga₂O₃を選び、スパッタ法による成膜に適用しました。β-Ga₂O₃は有望な半導体材料である一方、大面積化・低コスト化に有利なスパッタ法では、高品質な単結晶薄膜を得ることが困難であった材料です。本実験では、温度、スパッタ電力、Ar流量、O₂流量の4つの成膜パラメータからなる成膜条件の自律最適化を行いました。ここでは、まずサファイア製のウェハ上で成膜条件を探索・最適化し、そこで得られた条件をβ-Ga₂O₃基板上の成膜へ転用することで、高品質なβ-Ga₂O₃単結晶薄膜の実現をめざしました。薄膜品質の指標として、光学測定の自動解析から得られ、膜中の欠陥や乱れの程度と相関するアーバックエネルギー※7(Eu)を用い、この値が小さくなる条件を探索しました(図3左図)。56回の自律探索により、サファイア製のウェハ上でスパッタ法により作製したβ-Ga₂O₃薄膜として、報告されている中で最小のEu=182meVを示す成膜条件を見いだしました。サファイア製のウェハ上に作製した薄膜では、低いEuに加えて、異なる結晶相のない、目的とするβ-Ga₂O₃結晶のみで構成されたヘテロエピタキシャル成長※8を確認しました。さらに、この条件をβ-Ga₂O₃基板上の成膜に転用することで、高品質なβ-Ga₂O₃単結晶薄膜※9を実現しました(図3右図)。
図3.β-Ga₂O₃単結晶薄膜をスパッタ法により実現
② 成膜ルールの抽出と再最適化による実証 次に、自律最適化の過程で得られた成膜条件と薄膜品質のデータをランダムフォレストを用いて解析しました。その結果、複雑に見える薄膜品質の変化は、温度、スパッタ電力、Ar流量、O₂流量それぞれの影響を足し合わせることで大部分を予測できることが分かりました。一方で、温度とO₂流量の組み合わせだけは単純な足し合わせでは予測しきれず、重点的に調整すべき成膜パラメータの組み合わせであることが明らかになりました。これにより、ランダムフォレストが学習した複雑な予測結果を、「各パラメータの寄与」と「温度–O₂流量の相互作用」からなる、人が解釈しやすい簡潔な形に整理できました(図4左図)。これらの知見から、「各パラメータを順に調整し、最後に温度とO₂流量を重点的に調整する」という、人が実行可能な成膜ルール※10を抽出し、この成膜ルールに基づいて研究者が再最適化を行いました。結果として、Euが163meVまでさらに低減し、より高品質な成膜条件に到達しました(図4右図)。これにより、抽出した成膜ルールが単なる相関の説明にとどまらず、実際の成膜条件最適化に有効な指針であることを実証しました。
図4.成膜ルールの抽出と再最適化による実証。
4.今後の展開 本技術は、ロボットによる高スループット実験と、機械学習による成膜条件の提案・データ解析を連携させることで、多次元の成膜パラメータ空間を効率的に探索し、その結果を人が理解・転用できる成膜ルールへとつなげる次世代AI駆動型ラボの基盤です。半導体材料、酸化物材料、量子材料など、条件探索が複雑な材料・デバイスプロセスへの活用が期待されます。今後は、複数の評価指標を扱う最適化や、材料物性・成膜プロセスの知識を取り入れたAIモデルの高度化を進めます。さらに、多様な材料や装置での検証を通じて実験プロセスの自動化・知能化を推進し、材料・デバイス研究の効率化を加速します。また、実験データの蓄積に伴う成膜条件の提案や科学知識の獲得を高度化・自動化し、より賢く実験を進めるAI駆動型ラボの研究基盤へと発展させていきます。
5.論文掲載情報 "Interpretable self-driving sputtering epitaxy reveals human-usable growth rules for β-Ga₂O₃ films" Yuki K. Wakabayashi, Yui Ogawa, Franz Benedict Romero, Coleman Wagner, Takuma Otsuka, and Yoshitaka Taniyasu Nature Communications (2026): https://doi.org/10.1038/s41467-026-76533-0
6.関連する過去の報道発表 ・2020年10月9日「世界で初めてエキゾチックな準粒子の量子的電気伝導を観測 ~超高品質SrRuO₃薄膜を用いて『磁性ワイル半金属状態』の存在を実証~」 https://group.ntt/jp/newsrelease/2020/10/09/201009a.html ・2025年5月2日「半導体薄膜の材料分析にAIを活用し、自動化に成功 ~光通信用デバイスの製造業務の効率化に貢献~」 https://group.ntt/jp/newsrelease/2025/05/02/250502a.html
【用語解説】 ※1 β-Ga₂O₃ : 約5eV の大きなバンドギャップを持つ半導体材料です。バンドギャップとは、電子が電気伝導に関わる状態へ移るために必要なエネルギーの大きさです。大きなバンドギャップを持つ材料は、高い電圧に耐えやすく、また波長の短い紫外光に対応できるため、次世代パワーデバイスや深紫外光デバイスへの応用が期待されています。 ※2 スパッタ法 : 真空中でアルゴンなどのガスをプラズマ化し、プラズマ中のイオンを固体の成膜原料に加速させ衝突させることで、はじき出された成膜原料の原子や分子を基板上に堆積させる成膜方法です。大面積化や低コスト化に適しており、半導体・ディスプレイ・光学膜などの製造にも広く使われています。 ※3 AI for Science : AIを活用して科学研究を高度化・加速する取り組みです。大量の実験データや計算データを解析し、材料探索、創薬、物理現象の理解、実験条件の最適化などを飛躍的に進展させる研究分野として注目されています。 ※4 ベイズ最適化 : 実験を通じた観測データ数が限られ、実験条件と結果の評価指標の関係が未知な状況において、最適な条件を効果的に探索するために用いる機械学習手法の一つです。過去の実験結果をもとに予測モデルを構築し、結果の不確実性を考慮して次に試すべき有望な条件の探索を進めます。本研究では、温度、スパッタ電力、Ar流量、O₂流量の4次元の成膜パラメータに対して、薄膜品質を高める条件を探索するために用いました。 ※5 自律成膜 : AIによる意思決定とロボットによる物体操作を組み合わせることで、成膜条件の探索・改善を自律的に行う実験手法です。本実験では、スパッタ装置内でのウェハ搬送、AIが提案した条件に基づく成膜、光学測定データの自動解析、次の成膜条件の決定を連携させました。なお、現行構成では、ウェハをロードロックへセットする作業および成膜後サンプルを光学測定部へ移送する作業の一部に人手を介しています。 ※6 ランダムフォレスト : 多数の「決定木」と呼ばれる予測モデルを組み合わせるアンサンブル機械学習手法です。本研究では、成膜条件に対する薄膜品質の値を予測するランダムフォレストを構築し、どの条件が薄膜品質に影響しやすいか、また条件同士の組み合わせがどのように効くかを調べるために用いました。 ※7 アーバックエネルギー : 半導体や絶縁体の光吸収スペクトルから求められる指標の一つで、材料中の欠陥や原子配列の乱れに由来する光学的な不均一性の程度を反映します。一般に、アーバックエネルギーが小さいほど、欠陥や乱れが少なく、光学的品質が高いことを示します。 ※8 ヘテロエピタキシャル成長: 異なる材料の基板上で、結晶の向きが一定の関係を保ちながら成長することを意味します。 ※9 単結晶薄膜 : 原子が規則正しく並んだ結晶構造を持つ薄膜です。結晶の向きがそろっていない多結晶薄膜や、原子配列が乱れた非晶質薄膜と比べて、電子・光・熱などの性質を制御しやすく、高性能デバイスへの応用に適しています。 ※10 成膜ルール : 成膜条件と薄膜品質の関係から抽出された、人が理解し実行できる条件調整の指針です。本研究では、各成膜パラメータを順に調整し、最後に温度と酸素流量を重点的に調整するという成膜ルールを導き出しました。
FACT BOX ・ 要点整理
- 出典:PR TIMES
- 分類:研究発表