数日前、立法院で労退新制に関する公聴会が開催された。労働部に加え、経済部や財政部の高官も出席し、20年間続いてきた労退新制の企業拠出6%と自己拠出分の引き上げについて議論された。与野党の議員はいずれも引き上げの必要性を認めているが、方針に違いがある。国民党は年0.5%ずつ段階的に引き上げる案、民進党は一気に9%に引き上げる案、民众党は8%にすべきと主張している。
各部会の官僚も立場に応じて発言した。財政部は拠出金を税務上の費用として計上できるようにすべきだと提案。経済部は自己拠出分の自由度を高め、労働者が自らの退職準備を進められるようにすべきだと述べた。一方、伝統産業側は「半導体やAIで儲けている業界とは違い、我々には負担能力がない」と訴えている。
厳しい現実を数字で示そう。現在、労働者が労働保険の年金として受け取る平均月額は1万9,000円。一方、労退新制からの受給額は月6,000円から6,332円にとどまる。つまり、20年も続いた制度にもかかわらず、労保と連携した「二本柱」としての役割を果たせていない。さらに、労働者の6割が労退口座に100万円未満しか貯めていない。たとえ年金基金が株式市場で好成績を上げても、労働者個人にはほとんど恩恵がないのが実情だ。これが、労働部に拠出率の引き上げを求める声が絶えない理由である。
経済部の官僚が提案する「自己拠出の自由化」は、一見すると労働者の選択肢を広げるようだが、「生食べるのも精一杯なのに、干して保存するなど夢のまた夢」という台湾の諺がある。もし政府が伝統産業の声ばかりを聞き、公的・自己拠出率の引き上げを先送りすれば、労働者の退職生活は「許不了(苦不了)」——つまり、どうにもならない苦境に陥るだろう。
労働者の退職危機を改革するには、覚悟が必要だ。最低賃金の引き上げ、労働保険料率を精算上の適正水準まで段階的に引き上げ、労退新制の拠出率を引き上げる——この三つの柱を同時に進めるべきである。制度の安定性と国民の安心を両立させるには、これしかない。
今年の経済成長率が二桁に達するかもしれない、国民所得が日本や韓国を上回るという予測もある。だが、その一方で778万人の労働者が、政府が定める退職後の生活費の水準すら満たせない状況にある。これは、働いている間から所得がさまざまな名目で削られ、貧困線以下で暮らしていることを意味する。本来、労働者の味方であるべき政府が、制度を通じて彼らを「見捨てた存在」にしているのだ。
毎年の最低賃金引き上げのたびに、伝統産業やサービス業は「経営が成り立たない」と騒ぎ、物価転嫁をほのめかす。これは、労働者を人質に取った「身代金要求」に等しい。実際、政府が発表する賃金中央値に達している労働者は、どれだけいるのだろうか?
多くの労働者は、年を取って体が衰えた後も、政府が約束した制度の中でせめて基本的な生活を送りたいと願っている。しかし、「時間は殺猪刀(時の流れは残酷な刃)」という言葉通り、彼らは働き盛りのうちにすり減らされ、退職時には「屠られる豚」のようになっている。その現実を無視して、「経済成長が良い」と声高に叫ぶ政府に対して、国民は「空論を並べている」と感じざるを得ない。
*筆者はライター。
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