「塞ぐのは教員の道であり、失うのは国の人才である。導くのは教員の専門性であり、築くのは教育の未来である。」

中国古代の大禹が治水に成功した鍵は、力ではなく、統治の知恵にあった。父の鯀が堤防を築いて水を塞ぐという方法で失敗した経験から、大禹は「疎通」によって「塞ぐ」のではなく、地形に沿って水路を開き、洪水をそれぞれの道へと導くことで、災いを利益に変えた。これは単なる治水の手法ではなく、国家や組織の運営に通じる重要な示唆である。

現在、少子化が高等教育に大きな衝撃を与えている。多くの私立大学が入学者不足により規模の縮小を余儀なくされ、人的資源の調整には経営上の必然性がある。しかし、一部の大学では教員の配置問題に対し、専門性の発展を制限したり、授業数を減らしたり、適切な業務配置をしないまま、最終的に「授業が組めない」「適当な仕事がない」として教員に退職を求めるケースがある。このような管理手法は、水をただ塞ごうとするのと同じであり、問題の根本解決にはならず、労使対立を助長し、教員の士気を低下させ、教育の質を損なう結果となる。

教員は教育において最も重要な人的資本である。少子化は学生数の減少を意味するが、教員の価値が失われるわけではない。真に見直すべきは人材の活用方法であり、教員を淘汰の対象とすべきではない。適切な移行支援や発展制度を整備すれば、長年にわたる教育、研究、実務の経験を活かして、社会に継続的に価値を提供できる。

したがって、政府はより積極的な「疎通」政策を推進すべきである。文部科学省は、他大学への支援派遣、教員の公募、共同授業、生涯学習プラットフォームなどを通じて教育資源の共有を促進すべきだ。科学技術振興機構(現・国立研究開発法人科学技術振興機構)は産学連携や研究プロジェクト、技術開発を通じて、教員がイノベーション研究や企業との協働に参加できるようにすべきである。また、厚生労働省は職業訓練、スキルアップ、企業人材育成、第二専門分野の開発などのプログラムを活用し、教員が異分野に進出できるよう支援し、産業界での研修指導、技術サービス、生涯学習分野への参画を後押しすべきである。さらに、省庁間の連携メカニズムを構築し、教員の出向、企業での勤務、社会教育活動などの制度を整えることで、教員の専門性が単一のキャンパスに閉じず、多様な分野で発揮されるようにすべきである。

古人は「天下が大治すれば、刑罰は用いられない」と言った。理想的な統治とは、処罰や淘汰に頼るのではなく、公正で透明性があり、先見性のある制度を築くことである。法は存在するが、頻繁に用いる必要がなく、制度は厳格でも人材を守り、活性化できるものでなければならない。教育の統治も同様であり、『塞ぐ』のではなく『導く』、対立ではなく協働によって、教員に発展の場を提供し、学校に持続可能な未来を、学生により質の高い教育を届けるべきである。これが、大禹の治水が現代の教育に与える最も価値ある統治の知恵である。

*著者は中信科技大学の教員であり、全国私立学校産業労働組合副理事長。

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