台湾の山間部では定期的に、高齢者や子ども、登山者が道に迷って行方不明になる事件が起きています。中には無事に救助された人もいますが、その多くが不可思議な体験を語ります。「誰かに呼ばれてついていった」「見知らぬ人に案内された」「確かに人がいたのに、目を離した瞬間に消えた」――こうした話を聞くと、年配の人々は真っ先に「魔神仔(モーシェンツァイ)」のことを思い浮かべます。しかし、魔神仔とは一体何なのでしょうか?
中央研究院民族学研究所の兼任研究員である林美容(リン・ミーウェン)氏は、長年にわたりこうした伝承を収集・分析してきました。そして、一見奇異に思えるこれらの話には、実は繰り返し登場する共通のパターンがあることに気づきました。山中に本当に謎の生物がいるかどうかを問うよりも、こうした物語が台湾の人々が山林や迷子、そして未知の自然環境に対してどのように向き合ってきたかを示している可能性があります。
魔神仔は「幽霊」と同じなのか? 研究ではむしろ「山精水怪」としての位置づけ
多くの人は魔神仔を単なる「幽霊」として理解しがちですが、民俗学的には両者は異なる概念です。中研院の「研之有物」が林美容氏の研究をまとめたところによれば、魔神仔は野外に現れる「山精水怪(山や川に住む精霊)」に近く、伝承では小柄な体つきで、姿を変えて人を惑わすことが特徴です。最も典型的な行動は、人を本来の道から逸れさせることです。一方、幽霊は「人が死んで魂となったもの」という死後の世界観に基づいています。そのため、「ある人物が特定の場所で死亡したため、そこが取り憑かれている」という話とは、民俗分類上、別のカテゴリーに属します。
林美容氏と李家愷(リー・チャカイ)氏が共著した『魔神仔の人類学的想像』では、台湾の魔神仔伝承に共通する特徴が体系的に整理されています。例えば、突然意識が朦朧となり歩き続けてしまう、慣れ親しんだ場所で堂々巡りをする、普段なら通行困難な危険な場所を通り抜ける、といったケースがあります。また、魔神仔が人や動物に化身して人を山中に「引き込む」という話もよく見られます。
そのため、「見知らぬ人に連れていかれた」という展開は、こうした伝承において極めて重要なプロットとなっています。
なぜ行方不明者は「誰かに連れられた」と言うのか?
最も気味が悪いのは、こうした「誰かに連れられた」という証言が、古い伝承だけにとどまらないことです。2014年、新竹市出身の80歳近い彭姓女性が花蓮県の林田山へ旅行中に消息を絶ちました。警察や消防、民間の救助隊が連日捜索を行い、約90時間後に、失踪地点から約3キロ離れた万里渓付近で彼女は発見されました。救助後、彼女は「ぼんやりとしたまま山奥へ導かれた」と回想しました。当時の報道では、傘を差した女性が自分を山中に連れて行ったと語ったとも伝えられています。このことから、事件は「魔神仔」や「赤衣小女孩(レッドコートガール)」といった民間伝承と結びつけられて話題になりました。
しかし、こうした証言を超自然現象の証拠とみなすことはできません。当時、医師が取材に対し、彼女は山中で数日間まともに食事を取っておらず、睡眠不足と極度の疲労状態にあったため、幻視や幻聴が起きた可能性があると指摘しています。医学的には、脱水、睡眠不足、体力の消耗、さらには譫妄や認知機能の異常などが、環境や方向感覚、外部刺激の判断に影響を与えることがあります。
したがって、遭難者が「誰かが呼んだ」「誰かに連れられた」と語る背景には、さまざまな生理的・認知的要因が考えられますが、それぞれの事件の原因は異なります。追加の医療診断がない限り、それを直ちに超自然現象と断定したり、逆に当事者が認知症や譫妄を患っていると決めつけることも適切ではありません。
中研院の研究が明らかにした点は、近400件の伝承に共通のパターンが繰り返されているということです。
実はもっと重要なのは、こうした類似の話がなぜ異なる地域で繰り返し語られるのかという点です。林美容氏は、中研院民族学研究所での講演『魔神仔の人類学的想像』の中で、台湾および福建省を中心に約400件の伝承を収集し、その中に繰り返し現れるいくつかの「母題(モチーフ)」があることを発見しました。
例えば、連れ去られた人は洞窟や岩壁、深い森の中に走り込む。迷った人は、家族や友人が名前を大声で呼ぶことで戻ってくる。魔神仔は一見美味しそうな鶏肉や食べ物を提供するが、最後にはそれが虫や土、食べられないものだったと判明する――といったものです。
林美容氏は、こうした物語は人類の非常に初期の生活経験や「集合的無意識」と関係しているという人類学的仮説を提唱しています。文明社会に入る以前、人類は長い間山林の中で暮らしていました。「洞窟に引き込まれる」というのは、人類が洞窟住居から人工の住居へ移行する過程を象徴しているかもしれません。虫や生肉を美食と勘違いすることは、生食から加熱調理へと進化した過程を反映している可能性があります。そして、迷った後に「名前を叫ばれて戻る」というのは、人類が無名から有名へ、言語や身分、社会制度が形成されていく象徴だと解釈できます。
まさに『魔神仔の人類学的想像』の最も興味深い点は、「妖怪がどんな姿をしているか」ではなく、「なぜ人類は世代を超えて似たような妖怪話を語り続けるのか」という問いに迫っていることです。
魔神仔は「台湾版ドワーフ」なのか? 世界中の類似伝承
魔神仔は台湾独自の孤立した現象ではありません。『魔神仔の人類学的想像』では、台湾の伝承を福建省、日本の「神隠し」、台湾原住民、太平洋諸島、欧米文化のドワーフ伝説と比較しています。研究は最終的に、魔神仔を一種の「精怪」と位置づけ、「台湾版ドワーフ」として理解する比較民俗学的視点を提示しています。
これはつまり、人が森林や荒野といった日常秩序から外れた環境に入ると、突然迷子になったり、消えたり、説明不能な行動をとることが、台湾に限らず普遍的な恐怖であることを示唆しています。異なる文化は、ただこの「未知」に異なる名前をつけているだけなのです。
「魔神仔に連れられる」という話が真に反映しているのは、山林に対する人間の恐怖そのものかもしれません。
結局のところ、台湾の山中に本当に魔神仔はいるのでしょうか?
林美容氏の研究は、「いる」「いない」という科学的な答えを提示していません。むしろ、彼女は『魔神仔の人類学的想像』の序文で、二つのことを明確に区別しています。彼女が関心を持つ「真実」とは、魔神仔という生物が実際に存在するかどうかではなく、多くの人々が「連れ去られ、迷子になり、意識が朦朧とする」という類似の経験を長年にわたって共有してきたかどうか、ということです。彼女は明言しています――本書は、世の中に本当に魔神仔がいることを証明しようとするものではない、と。
人類学の視点から見れば、魔神仔は、台湾の人々が「山林の中の未知」に与えたイメージなのかもしれません。かつてGPSもスマホもなく、近代的な救助設備もなかった時代、濃霧や渓谷、密林に入り込んだ人間が方向を見失えば、それは生死に関わる重大事でした。そこで、「山の中には勝手に入ってはいけない」「誰かが呼んでも応えてはいけない」「連れられたら自分の名前を大声で叫べ」といった警告が、世代を超えて子どもたちに伝わる「魔神仔」の物語として包装されてきたのです。
魔神仔が本当に存在するかどうかは、今のところ科学的証拠はありません。しかし、「魔神仔が人を連れ去る」という物語が台湾でこれほど長く語り継がれているという事実自体が、真に存在する文化現象です。それは山中に何が住んでいるかを記録しているわけではなく、むしろ、人間が森の境界に立ったときに、未知の世界に対して決して消えない恐怖を持っていることを示しているのです。
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- 出典:PR Times
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