【研究の要旨とポイント】

Tsai型近似結晶において、従来用いられてきた価電子濃度(e/a)よりも、格子定数の方が、元素の種類や化学組成を超えて磁気基底状態を統一的に記述できる指標であることを明らかにしました。

主要指標 — KEY FIGURES

6.7K
6.7 K
8.6K
8.6 K
14.73Å
14.73 Å
14.68Å
14.68 Å

Tb、Dy、Hoを含む多数のTsai型化合物を系統的に調べた結果、格子定数が約14.72 Åを超えると反強磁性、約14.62 ~ 14.72 Åでは強磁性、それより小さい領域ではスピングラスとなる共通の磁気相図を見いだしました。

本成果は、これまで試行錯誤に頼る部分が大きかった準結晶・近似結晶の物質探索に、格子定数という明瞭な設計指針を与えるものであり、反強磁性準結晶やヘッジホッグ型磁気構造など、未知の磁気秩序を示す新物質の発見につながることが期待されます。

【研究の概要】

東京理科大学 研究推進機構 総合研究院のFarid Labib助教、東北大学 多元物質科学研究所の那波 和宏准教授、東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科の田村 隆治教授らの研究グループは、Tsai型(*1)近似結晶(*2)において、格子定数が磁気基底状態(*3)を統一的に記述する有効な構造指標となることを明らかにしました。これまで、異なる化学組成や希土類元素を有する物質の磁気状態を整理する指標として価電子濃度(e/a)が広く用いられてきました。しかし、合金系によって磁気相境界となるe/aの値がわずかに異なるという点において、統一的に整理するには不十分な点が残っていました。

本研究では、Tb(テルビウム)、Dy(ジスプロシウム)、Ho(ホルミウム)を含むTsai型1/1近似結晶を新たに合成し、磁化測定、X線回折測定、中性子回折測定、中性子非弾性散乱実験などを組み合わせて、その結晶構造と磁気状態を系統的に調べました。さらに、既報のTsai型化合物のデータも統合して解析した結果、化学組成や希土類元素(Tb, Dy, Ho)の種類によらず、磁気基底状態が格子定数(格子の大きさを決める構造パラメータ)に応じて明瞭に整理できることを見いだしました。具体的には、格子定数が約14.72 Å(Å、オングストローム、1 Åは100億分の1メートル)を超える領域では反強磁性、約14.62 ~ 14.72 Åでは強磁性、それより小さい領域ではスピングラスが現れるという、共通の磁気相図を得ました。

近似結晶においては、希土類元素の磁気モーメント(原子レベルでのN極‐S極)間に伝導電子を介したRKKY相互作用(*4)が働き、その競合によって多様な磁気状態が現れると考えられています。したがって、この結果は、格子定数が単に結晶構造を反映するパラメータであるだけではなく、磁気相互作用を左右する電子状態とも密接に関係する構造パラメータであることを示唆します。本成果により、これまで試行錯誤に頼る部分が大きかった準結晶(*5)・近似結晶の探索に、格子定数に基づく新たな物質探索の指針が得られました。今後、新たな反強磁性準結晶やヘッジホッグ型磁気構造など、新しい磁気秩序を示す物質の探索を効率化できると期待されます。

本研究成果は、2026年9月30日に国際学術誌「Journal of the American Chemical Society」にオンライン掲載されました。

図1 非Heisenberg型Tsai型1/1近似結晶における磁気モーメントの模式図。 希土類元素の磁気モーメントは、周囲の原子が作る結晶電場(*6)によって特定の方向を向きやすくなる。本研究では、こうした局所磁気異方性をもつTsai型化合物について、格子定数と磁気基底状態との間に共通した関係が存在することを明らかにした。

図2 Tsai型クラスターの原子構造。 Tsai型準結晶および近似結晶は、複数の多⾯体が入れ子状に重なった特徴的なクラスター構造から構成される。磁性を担う希⼟類元素(⾚)は二十面体の頂点に配置され、本研究では、この特徴的な構造をもつ物質群において、格子定数と磁気基底状態との間に共通した関係が存在することを⾒いだした。

図3 Tsai型化合物における磁気相図。 Tsai型化合物の磁気状態を格子定数と価電子濃度(e/a)の関係で整理した結果、スピングラス(Spin-glass)、強磁性(Ferromagnetic)、反強磁性(Antiferromagnetic)の各磁気状態が、化学組成や希土類元素の種類によらず、格子定数によって一つの磁気相図上に統⼀的に分類できることが明らかとなった。従来用いられてきたe/aでは物質系によって磁気相境界が異なるのに対し、格子定数を用いると異なる物質系のデータが共通の相境界に集約される。本研究で得られた磁気相図は、新しい磁性準結晶や近似結晶、さらには未知の磁気秩序を示す新物質を探索するための実⽤的な指針となる。

【研究の背景】

準結晶は、通常の結晶のような周期性をもたない一方で、長距離秩序をもつ物質です。中でも、図2に示す同一の局所クラスター構造を共有する、Tsai型準結晶とその近似結晶では、希土類元素の磁気モーメントがRKKY相互作用や結晶電場の影響を受け、強磁性、反強磁性、スピングラスなど多様な磁気状態を示します。近年では、準結晶そのものでも長距離磁気秩序が観測され、新しい磁気現象を探索する物質群として注目されています。これまで、異なる化学組成や希土類元素を有する物質の磁気状態を整理する指標として価電子濃度(e/a)が広く用いられてきました。しかし、e/aが同じでも合金系によっては反強磁性を示す物質もあれば強磁性を示す物質もあるという点において、磁気状態を整理する指標としては不十分な点が残っていました。現実には、磁気相境界となるe/aの値が合金系によってわずかに異なります。そこで本研究グループは、化学組成によらず磁気状態を統一的に記述できるより良い指標が存在すると考え、様々な組成の近似結晶に関する磁気状態の研究を進めました。

【研究結果の詳細】

本研究グループはまず、Tsai型化合物の磁気状態を幅広い組成範囲で比較するため、Au–Al–Tb(金‐アルミニウム‐テルビウム)系、Au–Ga–Dy(金‐ガリウム‐ジスプロシウム)系、Au–Ga–Ho(金‐ガリウム‐ホルミウム)系の1/1近似結晶を新たに合成しました。粉末X線回折および単結晶X線回折によって結晶構造を解析するとともに、磁化測定によって各試料の磁気基底状態を調べ、既報のTsai型化合物のデータと合わせて解析しました。その結果、価電子濃度(e/a)と格子定数の間には、様々な合金系や希土類元素にまたがって、ほぼ単調な逆相関が存在することを見いだしました(図3)。この結果は、格子定数も磁気状態を整理する指標となりうることを示唆しています。

さらに、代表的なDy系化合物について、研究用原子炉JRR-3で中性子回折実験を行い、磁気状態を微視的に調べました。格子定数が14.73 ÅのAu₆₈Ga₁₈Dy₁₄では、6.7 K(Kは絶対温度の単位ケルビン。0Kは-273.15℃)以下で反強磁性秩序が現れ、磁気モーメントが正二十面体クラスター上で渦を巻くように配列する「渦巻き状反強磁性構造」を形成することを明らかにしました。一方、格子定数が14.68 ÅのAu₆₀Ga₂₆Dy₁₄では、8.6 K以下で強磁性秩序が生じ、同様に非共面型の「渦巻き状強磁性構造」を形成することが分かりました。また、格子定数がさらに小さいAu₅₅Ga₃₁Dy₁₄では、交流磁化率が測定周波数に依存して変化するという特徴から、スピングラス状態が確認されました。さらに、J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)で実施した中性子非弾性散乱実験から、結晶電場によって磁気モーメントが特定の方向を向きやすくなっており、その方位が既報Tsai型化合物と同様であることを見いだしました(図1)。この結果は、Dy系においても既報Tsai型化合物と共通する局所磁気異方性(磁気モーメントが特定の向きに向きやすい性質)が存在することを示しています。

これらの結果と、Tb、Dy、Hoを含む多数の既報Tsai型化合物のデータを格子定数に対して整理したところ、化学組成や希土類元素の種類によらず、磁気基底状態が格子定数によって分類されることが明らかになりました。図3は各組成の磁気状態を色分けした磁気相図です。反強磁性を黄色、強磁性を紫色、スピングラスを緑色で示しています。これらの磁気状態をe/aに基づいて分類しようとしても、同じe/aでありながら異なる磁気基底状態を示す物質が存在するため、反強磁性と強磁性を分けるe/aのしきい値を一意に定めることは困難です。一方、格子定数を用いると、約14.72 Åを超える領域では反強磁性、約14.62 ~ 14.72 Åでは強磁性、それより小さい領域ではスピングラスと、磁気基底状態をきれいに分けられることが分かりました。

この関係の背景には、希土類元素の磁気モーメント間に働くRKKY相互作用があると考えられます。RKKY相互作用は、伝導電子を介して磁気モーメント間に働く相互作用であり、磁気モーメント間の距離だけでなく電子状態にも依存します。本研究で見いだされた格子定数と e/a の相関は、格子定数が原子間距離だけでなく、e/a と関連する電子的要因とも密接に結びついている可能性を示唆しています。ただし、なぜ格子定数によってこれほど異なる物質系の磁気状態を統一的に記述できるのか、その完全な微視的機構については今後の解明が必要です。

本研究で示された磁気相図を物質探索の指針として活用することで、新たな反強磁性準結晶やヘッジホッグ型磁気構造など、新しい磁気秩序を示す準結晶・近似結晶の発見につながることが期待されます。また、本研究で得られた相図が準結晶にも適用できるかについては今後の検証が必要ですが、準格子定数(*7)の大きな準結晶を探すという明瞭な探索指針によって新たな反強磁性準結晶の発見につながると期待されます。

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(課題番号:JP19H05817、JP19H05818、JP19H05819、JP19H05821、JP21H01044、JP22H00101、JP22H04582、JP22H05145、 JP23KK0051、JP24K17016、JP26H02027)、村田学術振興財団、および科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST(課題番号:JPMJCR22O3)ならびに創発的研究支援事業(課題番号:JPMJFR202V)の助成を受けて実施したものです。J-PARCの物質・生命科学実験施設における中性子実験は、ビームラインBL01 四季、BL02 DNA(課題番号:2020L0300)にて実施されました。

【用語】

*1 Tsai型

正二十面体など複数の原子殻が同心状に重なった特徴的な原子クラスターを基本構造とする準結晶・近似結晶の一群。

*2 近似結晶

準結晶とよく似た局所的な原子構造をもちながら、周期的な結晶構造をもつ物質。準結晶の構造や物性を理解するための比較対象として用いられる。Tsai型1/1近似結晶は、立方体の中心と各頂点にクラスターが配置された体心立方構造をもつ。 非Heisenberg型Tsai型1/1近似結晶とは、希土類元素の磁気モーメントが、周囲の原子が形成する結晶電場の影響により、特定の方向を向きやすい局所磁気異方性をもつTsai型1/1近似結晶である。

*3 磁気基底状態

強磁性とは磁気モーメントが同じ向きにそろう磁気状態、反強磁性とは隣り合う磁気モーメントが互いに反対向きにそろう磁気状態、スピングラスとは磁気モーメントがランダムな向きのまま凍結する磁気状態である。ヘッジホッグ型磁気構造とは、磁気モーメントがハリネズミの針のように中心から外向き、または中心に向かって放射状に配列した磁気構造である。

*4 RKKY相互作用

伝導電子を介して磁気モーメントの間に働く磁気的相互作用。原子間距離や電子状態に応じて、強磁性的にも反強磁性的にもなる。

*5 準結晶

原子が規則正しく配列しているものの、通常の結晶のような周期的な繰り返しをもたない固体。通常の結晶ではみられない回転対称性をもつことがある。

*6 結晶電場

希土類元素の周囲に配置された原子の電荷が作る電場。希土類元素の種類によっては、この電場の影響によって磁気モーメントが特定の方向を向きやすくなる。本研究で扱う非Heisenberg型Tsai型化合物では、この結晶電場によって磁気異方性(磁気モーメントが特定の向きに向きやすい性質)が生じ、磁気モーメントの配列や磁気基底状態を決める重要な要因の一つとなる。

*7 準格子定数

準結晶には通常の結晶のような周期的な格子はないが、その構造の長さスケールを特徴づける量として準格子定数を定義できる。近似結晶の格子定数と対応づけることで、準結晶と近似結晶の構造を比較するための指標として用いられる。

【論文情報】

雑誌名:

Journal of the American Chemical Society (JACS)

論文タイトル:

Lattice Parameter Governs Magnetic Ground State Selection in Tsai-

Type Intermetallic Compounds

著者:

Farid Labib, Kazuhiro Nawa, Yusuke Nambu, Hiroyuki Takakura,

Yoichi Ikeda, Kazuhiko Deguchi, Masato Matsuura, Asuka Ishikawa, Ryoichi Kajimoto, Kazuhiko Ikeuchi, Taku J. Sato & Ryuji Tamura

DOI:

10.1021/jacs.6c05709

【発表者】

Farid Labib

東京理科大学 研究推進機構 総合研究院

那波 和宏

東北大学 多元物質科学研究所

南部 雄亮

京都大学 複合原子力科学研究所

髙倉 洋礼

北海道大学 大学院工学研究院

池田 陽一

東北大学 金属材料研究所

出口 和彦

名古屋大学大学院理学研究科

松浦 直人

総合科学研究機構 中性子科学センター

石川 明日香

東京大学大学院工学系研究科 総合研究機構

梶本 亮一

日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター 物質・生命科学ディビジョン

池内 和彦

高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所

佐藤 卓

東京大学 物性研究所

東北大学 多元物質科学研究所

田村 隆治

東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科

【研究に関する問い合わせ先】

東京理科大学 研究推進機構 総合研究院 助教

Farid Labib

E-mail:f.labib【@】rs.tus.ac.jp

東北大学 多元物質科学研究所 准教授

那波 和宏

E-mail:knawa【@】tohoku.ac.jp

【報道・広報に関する問い合わせ先】

東京理科大学 経営企画部 広報課

TEL:03-5228-8107 FAX:03-3260-5823

E-mail:koho【@】admin.tus.ac.jp

科学技術振興機構 広報課

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E-mail:jstkoho【@】jst.go.jp

東北大学 多元物質科学研究所(IMRAM)

TEL:022-217-5198

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東京大学 物性研究所 広報室

TEL:04-7136-3207

E-mail:press【@】issp.u-tokyo.ac.jp

北海道大学 社会共創部 広報課

TEL:011-706-2610 FAX:011-706-2092

E-mail:jp-press【@】general.hokudai.ac.jp

名古屋大学 総務部広報課

TEL:052-558-9735 FAX:052-788-6272

E-mail:nu_research【@】t.mail.nagoya-u.ac.jp

京都大学 広報室 国際広報班

TEL:075-753-5727 FAX:075-753-2094

E-mail:comms【@】mail2.adm.kyoto-u.ac.jp

日本原子力研究開発機構

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TEL:070-1460-5723

E-mail:tokyo-houdouka【@】jaea.go.jp

J-PARCセンター広報セクション

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